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【太平洋戦争】歴史教科書に出てこない「義勇兵役法」秘話 毎日新聞「火論」より(2010.07.06付) [戦後処理]

 今年は、太平洋戦争で無条件降伏してから、はや65年。ちまたでは、普天間問題にかこつけて、日米の軍事同盟化の動きが止みそうにない。あれだけの煮え湯を飲まされても、のど元過ぎれば熱さを忘れるのか。権力側は、またいつか辿った道を歩もうとしている。今回の参議院選挙においても、自衛隊の問題がどの政党も話題にしない。この金食い組織をなぜ仕分けの対象にしないのか。普天間の問題=日米の在り方をなぜ議論しないのだろう。いつまで、沖縄を植民地と同じような状況におくのか。
 そんな中で今日の毎日新聞のコラム「火論」の内容が、政治の真の姿を表していて、65年前も今も変っていないことを再認識させてくれた。

 以下、毎日新聞朝刊2010.7.6付「火論」より

 戦争末期の1945年6月、本土決戦を想定した義勇兵役法が成立した。15歳から60歳の男、17歳から40歳の女を根こそぎ動員するというのである。それがいったい何を招来するのか。沖縄ではそれは現実になっていた。
 4月に退陣した前内閣が閣議決定していたものだったが、後継首相・鈴木貫太郎は内心乗り気ではなかったらしい。鈴木は表の勇ましい発言とは裏腹に、ひそかに戦争終結の機をうかがっていた。
 鈴木は、どんあ武器を使うのか見せてほしいと陸軍に言った。陸軍が武器を首相官邸に持ってきて陳列した。
 重臣の1人だった岡田啓介元首相が戦後、毎日新聞紙上でこう明かしている。

<まず鉄砲、それが先込めのやつなんだ。鉄砲の筒の先から小さい袋に包んだ火薬を入れる。次に鉛か鉄の丸い棒を飴みたいにぶつ切りにした一片を詰める。それをドンとやるという仕掛けだ。それから竹槍、サスマタ、弓・・・・>
 サスマタとは捕物に出てくる犯人取り押さえ道具。棒の先端に金具が付いている。弓には「射程距離約30メートルで的中率は中等射手で6割程度」と説明が付いていたそうだ。
 この陳列会は戦意高揚どころか、大変な逆効果を生んだと岡田は言う。

<閣僚一同はこの品々を見て、ただただ唖然となった。こりゃいかん。もう戦争は絶対にやめなければならん、という気持ちが非常にはっきりしたらしい>
 しかし「いかん」と思い知っても、彼らが表立った行動をすぐに起こしたわけではない。中立なはずのソ連の仲介をたのむ夢想的な和平工作も試みられたが、参戦決意をしていたソ連にはぐらかされ、ずるずると時間と国民の命をする減らした。

 小柄な私の亡母は竹槍訓練に出され、落下傘で降下してくる敵兵を突くのだと教えられたそうだが、この無意味を説く者はいなかった。竹槍で近代戦を戦えないことは、わずかにも軍事知識や戦地体験がある者には明白だったはずだが、公然と口にはしなかった。新聞の責任は重い。
 
 そして、中央の政治指導層の多くが武器の実態もろくに知ろうともせず、問題の先送りを続けていた(その間沖縄は時間稼ぎの捨て石とされた)ことは、陸軍が怖かったというだけでは説明できない、根深い組織病理を思わせる。


 わかっているけれども、遠まわしにぼかし、あるいは棚上げにし、責任の所在が判然とせず、強い外からの圧力を局面打開の勢いとする--。
 65年前の夏の話ではない。それ以後も、今もその実例を散見する。

 今回の消費税論争はどこの組織防衛論争か。財務省に決まっている。増税の前に公務員人件費の圧縮(50%カット)と国有財産の民間への売却がまず先だ。そして、国を危うい方向に導きだそうとする、軍事マフィアのタイコ持ち政治家、政党へは投票しないようにする。増税を掲げる財務省のタイコもち政治家、政党にも投票しない。どの政党が残るか、さだかではないが、筋は通す。


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