「坂の上の雲」にまつわる2冊、「坂の上の雲」と司馬遼太郎、NHKスペシャルドラマガイド 坂の上の雲〔第二部〕 [書評]
今回は最初に本を紹介しておく。どちらもNHKで放映されたドラマ「坂の上の雲」に関係したガイド本である。
『「坂の上の雲」と司馬遼太郎』の内容は、大特集として各界識者28名の「坂の上の雲」私はこう読んだ、特集は「その後の秋山好古・真之」、「子孫が語る『坂の上の雲』の登場人物、「坂の上の雲」の脇役たち、そして司馬遼太郎が語る「坂の上の雲」で過去の講演より「薩摩人の日露戦争」と「『坂の上の雲』秘話からなり、トピックとして「『軍神』広瀬武夫・死の真相」が掲載されている。
感想としては、さまざまな人が様々な解釈でこの「坂の上の雲」が読まれているということの実感と、あの中に描かれた人物の子孫が厳然としているというある種の〝驚き〟。これは、近年物議をかもし始めた「坂の上の雲」の否定論に対して、大きなアドバンテージ、ある種ノンフィクションとフィクションのはざまで生まれた小説であることを物語っているようである。
一度、全編を読み終えた読者には、新たな視点を提供してくれる本である。残念ながら読んだことにない読者では、何を言っているのか理解不能である。
さてNHKは、この小説をドラマ化して3年かけて、全編を放映する予定で、ちょうど2部が終了、原本の分量でいえば、8分の3程度の分が終了したことになる。残り8分の5がドラマでは3分の1の分量になるのだが、これはドラマ作成上ではしかたがないのかもしれない。「坂の上の雲は」は日本海海戦の終了とともに終わってしまうのだが、原本では、詳細に陸軍の動きを、会戦ごとに書き、そして何度も主人公の話からそれる。海軍関係もロシアのバルチック艦隊の動きを逐一描写。そして海軍の動きも逐一書き連ねている。ドラマになりにくい箇所も数多くあり、おそらく第3部では、簡潔に主人公たちの日露戦争での活躍を描いて、クライマックスの日本海海戦シーンをいれて終わるのだろう。
このガイド「坂の上の雲」(第二部)は、司馬の文字だけの情報では分かりづらかったイメージに対して一つのヒントを与えてくれたと思う。登上人物像と地名の風景描写が具体的なイメージを想起させてくれた。今回のロケ地は、すごい。ペテルベルグでのロケとはさすがNHK。VFXも駆使してリアル映像に近いものを見せてくれる。ちんけな民放ドラマでは太刀打ちできない贅沢さを感じる。
さて、司馬遼太郎はもし生きていて、このNHKのドラマを見たらどのような感想を残したのだろうか。
テレビドラマは確かに原作を知らなくても、楽しめる。しかし、司馬遼太郎がこの「坂の上の雲」を通してのメッセージは原作を読み込まない限り、近づき理解することはできないだろう。原作には、もっともっとたくさんのエピソードを交えて、明治という時代の息吹、その後の衆愚、指導者の体たらくを嘆いた悲痛な叫びを汲み取らなければならない。
時間軸で考えると、「坂の上の雲」が描いた時代は、「竜馬の時代」からわずかに30数年後である。そしてこの「坂の上の雲」が発表されたのが、1968年から1972年となるから、かれこれ40年近く前のことである。そして日露戦争に1905年に勝利してから、40年後、1945年は太平戦争の敗戦を招ねいた。この敗戦から、「坂の上の雲」を書き始めるまでが、23年後、日露戦争に勝利してから63年後である。そして今年は、太平洋戦争敗戦から66年目を迎えるが、太平洋戦争を題材とした「坂の上の雲」のような小説はあらわれていない。この時間軸を頭に入れて「坂の上の雲」を読み進めると、司馬遼太郎が何を言わんとしているのかが、見えて気がするのである。
重箱の隅をつくような〝反「坂の上の雲」〟の動きもあるが、どうでもいいこと(乃木希典の評価、T字戦法の是非、明石元二郎の評価、そして〝司馬史観〟なるものの評価等)をさも重要なことのように論じて、本を出しているが一考駄に値しない。
何度も読み直すたびに新たな発見をさせてくれる本こそ、現代の古典であると思う。
NHKスペシャルドラマ・ガイド 坂の上の雲 第2部 (教養・文化シリーズ)
- 作者: 司馬 遼太郎
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2010/10/25
- メディア: ムック
『「坂の上の雲」と司馬遼太郎』の内容は、大特集として各界識者28名の「坂の上の雲」私はこう読んだ、特集は「その後の秋山好古・真之」、「子孫が語る『坂の上の雲』の登場人物、「坂の上の雲」の脇役たち、そして司馬遼太郎が語る「坂の上の雲」で過去の講演より「薩摩人の日露戦争」と「『坂の上の雲』秘話からなり、トピックとして「『軍神』広瀬武夫・死の真相」が掲載されている。
感想としては、さまざまな人が様々な解釈でこの「坂の上の雲」が読まれているということの実感と、あの中に描かれた人物の子孫が厳然としているというある種の〝驚き〟。これは、近年物議をかもし始めた「坂の上の雲」の否定論に対して、大きなアドバンテージ、ある種ノンフィクションとフィクションのはざまで生まれた小説であることを物語っているようである。
一度、全編を読み終えた読者には、新たな視点を提供してくれる本である。残念ながら読んだことにない読者では、何を言っているのか理解不能である。
さてNHKは、この小説をドラマ化して3年かけて、全編を放映する予定で、ちょうど2部が終了、原本の分量でいえば、8分の3程度の分が終了したことになる。残り8分の5がドラマでは3分の1の分量になるのだが、これはドラマ作成上ではしかたがないのかもしれない。「坂の上の雲は」は日本海海戦の終了とともに終わってしまうのだが、原本では、詳細に陸軍の動きを、会戦ごとに書き、そして何度も主人公の話からそれる。海軍関係もロシアのバルチック艦隊の動きを逐一描写。そして海軍の動きも逐一書き連ねている。ドラマになりにくい箇所も数多くあり、おそらく第3部では、簡潔に主人公たちの日露戦争での活躍を描いて、クライマックスの日本海海戦シーンをいれて終わるのだろう。
このガイド「坂の上の雲」(第二部)は、司馬の文字だけの情報では分かりづらかったイメージに対して一つのヒントを与えてくれたと思う。登上人物像と地名の風景描写が具体的なイメージを想起させてくれた。今回のロケ地は、すごい。ペテルベルグでのロケとはさすがNHK。VFXも駆使してリアル映像に近いものを見せてくれる。ちんけな民放ドラマでは太刀打ちできない贅沢さを感じる。
さて、司馬遼太郎はもし生きていて、このNHKのドラマを見たらどのような感想を残したのだろうか。
テレビドラマは確かに原作を知らなくても、楽しめる。しかし、司馬遼太郎がこの「坂の上の雲」を通してのメッセージは原作を読み込まない限り、近づき理解することはできないだろう。原作には、もっともっとたくさんのエピソードを交えて、明治という時代の息吹、その後の衆愚、指導者の体たらくを嘆いた悲痛な叫びを汲み取らなければならない。
時間軸で考えると、「坂の上の雲」が描いた時代は、「竜馬の時代」からわずかに30数年後である。そしてこの「坂の上の雲」が発表されたのが、1968年から1972年となるから、かれこれ40年近く前のことである。そして日露戦争に1905年に勝利してから、40年後、1945年は太平戦争の敗戦を招ねいた。この敗戦から、「坂の上の雲」を書き始めるまでが、23年後、日露戦争に勝利してから63年後である。そして今年は、太平洋戦争敗戦から66年目を迎えるが、太平洋戦争を題材とした「坂の上の雲」のような小説はあらわれていない。この時間軸を頭に入れて「坂の上の雲」を読み進めると、司馬遼太郎が何を言わんとしているのかが、見えて気がするのである。
重箱の隅をつくような〝反「坂の上の雲」〟の動きもあるが、どうでもいいこと(乃木希典の評価、T字戦法の是非、明石元二郎の評価、そして〝司馬史観〟なるものの評価等)をさも重要なことのように論じて、本を出しているが一考駄に値しない。
何度も読み直すたびに新たな発見をさせてくれる本こそ、現代の古典であると思う。
仕事で大事なことは『坂の上の雲』が教えてくれた (知的生きかた文庫)
- 作者: 古川 裕倫
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2009/10/20
- メディア: 文庫
2011-01-01 15:13
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