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田原総一朗がテレビ局を追われた35年前の問題作 原発批判者は排除の論理が働いていた [警鐘]

田原総一朗がテレビ局を追われた35年前の問題作
(SPA! 2011年7月20日掲載) 2011年7月22日(金)配信

 テレビ局に籍を置いて、原発批判の言動を実行に移すことは、絶対のご法度だったのである。これは、3.11の事故が起きるまで厳然たる事実だった。マスコミからは退職を迫られ、学会においては認められないから、出世させることなく退職は迫れないから、末職のままに置いておく。役所も同じ、出世、金のために、魂を売った、タマを抜かれた連中が、原発の安全性には目をつぶり、考えないようにする無思考状態で、推進してきたのである。発生当初はテレビ等でしたり顔で解説していたが、とんと顔を出さなくなってきた。あまりの無定見さ、無知さが露見したから、原子力ムラとして露出禁止のお触れを出したのである。

 いまもって、1号機から3号機のメルトダウンした燃料がどうなっているのか、誰もわからない状況にあるのに、その当時、さもすべてをわかっているかのように解説していた画は、コント、漫画以上の絵柄に過ぎなかったのだ。

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 「原発の安全性ということに関して、なぜこのようにいつくもの数字が飛び交っているのだろうか。数字が違うのは計算のプロセスを構成する前提が間違っているからだろう。(中略)借りものの数字だけがぶつかり合うのなら、それは科学ではなく政治的ご都合主義だ」

「日本の原子力開発は確かにアメリカのデッド・コピー(模倣品)だが、それを批判する側もまたアメリカのレポートや数字のデッド・コピーを使っている。つまり、これはデッド・コピーどうしの論争なのではないか」

「脱原発」か? それとも、「それでも原発推進」か? 学者や専門家のあいだで侃々諤々の議論が交わされるようになった“3・11”以降に書かれた文章ならさほど驚かないだろう。

  だが、これがしたためられたのは高度経済成長期が終わる76年――。

  ちくま文庫から“復刊”した『原子力戦争』は、実に今から35年も前に、若かりし頃のジャーナリスト・田原総一朗氏が書き上げたものだ。

「当時も、推進派と反対派それぞれの立場の人が、それぞれの言いたいことだけを主張した体裁の本が書店に並んでいましたよ。ただ、僕が書きたかったのはそんな単純なものじゃなかった。原子力の開発に群がっていた推進派・反対派双方に取材して、そこに複雑に絡み合った思惑の先にいったい何が隠されているのかという点を炙り出したかっただけ……」

 田原氏がこう当時を振り返るように、『原子力戦争』を読むと、多くのステークホルダー(利害関係者)たちが、魑魅魍魎のごとくうごめく描写で溢れている。

エネルギー開発の主導権争いをする官僚と電力会社、労組の後ろ盾を得た反対運動家たち、利権にありつこうと従順を決め込む地元住民、その裏側で暗躍するメディアや広告代理店。さらには、アメリカをはじめとする諸外国の動き……と、あえて「小説」の体裁で描かれた登場人物たちは、「仮名」で登場しているがゆえ、みな歯切れよく問題の深層を曝け出しているのだ。

 「書こうと思ったきっかけは、70年代に起きた原子力船『むつ』の放射線漏れ事故ですよ。取材で現地に赴いたら、推進派は放射線をラジウム温泉に例えて『むしろ体にいいもんだ』と言う。反対派は反対派で、わずかな放射線漏れのアクシデントでも青森は『第2の広島』になると言う……。どっちもどっちの主張でストンと腑に落ちない。だったら、自分で確かめてやろうと思ったわけです。ただ、僕はこの本の連載をしている途中で、それまで勤めていたテレビ局からストップがかかった。電気業界を敵に回したんだな、これが。でも、僕はどうしてもこの本を最後まで書き終えたかったので、スパッと会社を辞めることにしたんです(笑)」

 名うてのドキュメンタリー作家として、数多くの珠玉の名作を世に送り出してきた田原氏。過去には過激な潜入取材などで2回の“逮捕歴”もあるが、それでも、会社から“クビ”を言い渡されることはなかった。にもかかわらず、この原子力という「最大のタブー」に触れた途端、局を追われる身になってしまったということだ。

「僕はね、『朝まで生テレビ!』で、日本で初めて原発の推進派と反対派の討論企画をやったんですが、このときからずっと議論そのものが噛み合っていない。原子力が危険か安全か問われたら危険に決まっている。ただ、それを人間がちゃんとコントロールできるかが一番のキーワードなんです。今は反対を唱えていた人たちが『ほれ見たことか!』と騒いでいるが、逆の立場の人間は『管理不行き届きだっただけで、原発そのものには問題はない』と主張する。この“ズレ”の部分を、今こそちゃんと議論せずにどうするのか! と言いたいですよ」

 本編のなかには、印象的な人物が数多く出てくる。

「原発でやられた人間が、平和利用の原子力船でパール・ハーバーを訪問するというのがぼくの夢だった」

 これは、長崎の魚雷工場で工場長を務めていたときに被爆したものの、戦後、高度成長という時代を経て推進派の急先鋒となった技術者の独白なのだが、実質的に被爆者の立場で反対派を懐柔する役割も担っていた人物だという……。

 あまりにも多くのステークホルダーが入り乱れる壮大な複雑怪奇の物語を眺めていると、原子力をアンチかそうでないかのふたつに分けた、単純なイデオロギー闘争と括れる話ではないことに気づかされる。

  いま、定期検査の終わった原発再稼働をめぐって、ストレス・テストを行うかどうかすったもんだが続いているが、この本のなかにエネルギー政策再構築のヒントが隠されているように思う。

取材・文/山崎 元(本誌)


原子力戦争 (ちくま文庫)

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  • 作者: 田原 総一朗
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/06/08
  • メディア: 文庫



ドキュメント東京電力―福島原発誕生の内幕 (文春文庫)

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  • 作者: 田原 総一朗
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/07/08
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