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脱原発、文句あるなら声をあげよう 2万人が参加、6.11新宿デモ  毎日新聞の夕刊に記事 [トレンド]

脱原発、文句あるなら声をあげよう 2万人が参加、6.11新宿デモ
毎日新聞 2011年6月15日 東京夕刊

何故夕刊に掲載したのか、理由がよくわからないから、全文を掲載する。朝刊にも掲載してほしいものだ。

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ドイツ、スイス、そしてイタリア。欧州で脱原発の動きが加速しているが、それを後押ししているのが市民によるデモだ。日本でも福島第1原発事故発生から3カ月の今月11日、東京都内や福島県、大阪、広島など各地で一斉デモがあった。その熱気を体感しようとデモ隊と歩いた。【浦松丈二】

 ◇「歌って踊れて、カラオケより楽しいよ」

 ◇「ワタシ、将来、元気な子を産みたいから」

 ◇「どうか子供たちだけでも避難させて」

 「もう、原発は、一刻も早く止めるしかない。今日は景気よく新宿に攻め込もう。ガツンとやってやろうぜ!」

 男性が特設ステージから叫ぶと、新宿中央公園を埋める数千人の群衆が「オー」と応じる。この「6・11新宿 原発やめろデモ」の呼びかけ人で、東京都杉並区高円寺でリサイクル店「素人の乱」を営む松本哉(はじめ)さん(36)だ。

 参加者たちは、それぞれに「がまんも臨界」などと書いた旗やプラカードを掲げる。防毒マスクに白い防護服といういでたちの人もいる。

   ■

 デモの2日前、松本さんに高円寺の店で会った。「デモの準備で忙しいんだけど、商品がたくさん入ってきちゃって」。汗をふきながら中古の大型冷蔵庫を片付ける姿は、ごく普通の商店主だった。

 「家賃をタダにしろデモ」などユニークな活動で知られる松本さんは震災後、4月10日に地元で、5月7日には東京・渋谷で反原発デモを主催し、いずれも主催者側によると約1万5000人を動員した。6・11デモは全国の市民団体とも連携し、全国100カ所以上で行動する「脱原発100万人アクション」の一環でもある。

 「今、一番腹が立つのが原発事故。なのに政治家は頼りない。文句を言いたいなら街に出て、声を上げればいい。それが僕たちのデモ」

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 午後3時、デモ隊が新宿中心部に向かって次々に出発し始めた。ちなみに、この時間の東京都の放射線量は0・0597マイクロシーベルト(都ホームページに掲載)。事故直後の3月15日には平常値の20倍以上にあたる0・809マイクロシーベルトを記録したが、このところは平常レベルで推移している。

 交通整理の警察官がデモの列を約100人ずつのグループに分けようとする。なぜか私は、チンドン屋の仮装をしたグループに編入されてしまった。

 「ええじゃないか、ええじゃないか、原発止めてもええじゃないか……」

 笛の音に乗って、掛け声が高層ビル街に響き渡る。「ええじゃないか」は、1867年に江戸を中心に起こった世直し大衆騒動のはやし言葉。「原発と人類は共存できないことが、今回の事故で分かった。止めるには皆で声を上げるしかない。日本にはデモの文化がないと言われるが、今度こそ盛り上げたい」。男性の一人がそう語った。

 それにしても着物は暑そうだが、通行人、特に外国人には受けがいい。カメラや携帯電話を構える人も多い。こうして海外にも発信されるのだろうか。

 行列は、大通りから商店街へ。建物に声が反響し、より勢いを増したようだ。少し後ろを歩いていた年配の男性は足を引きずっている。「原発、いらな……い」。よろめくたびにテンポがずれ、仲間が腕をとって支える。

 JR新宿駅前に出た。サラリーマン風の男性がハンドマイクで通行人に声をかけている。「デモに参加しようよ。歌って踊れるよ。カラオケよりも楽しいよ」。一緒に歩いていた若い女性に「あなたも何か話してよ!」とマイクを渡す。「私……」と言葉に詰まったが、意を決したように口を開いた。「将来、元気な子供を産みたいから、だから原発なんかいらない」

 そんなやりとりを見つめていた若いカップルが、肩を組んで隊列に加わってきた。

   ■

 デモ参加者の中にフリーターの後向健次さん(28)がいた。震災が起きるまで、原発のことなど考えたこともなかったが、「知らないうちに恩恵を受けていた」ことに思い悩んだ末に、4月の高円寺のデモに初めて参加した。

 その際、一緒に歩いた同世代の参加者とハンバーガー店に寄り、「私たちも何かやろうよ」と一致した。

 今、考えているのは無言で脱原発を訴えるパフォーマンスだ。タイトルは「暗い日曜日」。新宿デモには参加できなかったが、後向さんとともに企画した菜摘さん(仮名)は「政府も専門家もテレビも新聞も、メルトダウンはないと言っていたのに実際には起きていた。本当のことが知らされず、意見も言えない社会への抗議の意味を込めたイベントにしたい」と話す。

   ■

 午後5時半。新宿駅東口のアルタ前に到着した。全長約4キロのルートを2時間余りで歩いた計算だ。ただ、後続のデモ隊は途切れることなくかなたまで連なっている。その数、主催者側によると約2万人。宣伝カーから、作家の雨宮処凛さんが語りかけた。

 「(ムバラク大統領の辞任要求デモが起きた)エジプトのタハリール広場みたいになっています。みんなで原発を止めていきましょう」

 取材ヘリが上空を旋回している。

 宣伝カーに引き上げられて発言した一人に、福島県在住の主婦がいた。この日、郡山市であった脱原発パレードに参加した後で駆けつけた。上は25歳から下は小学6年まで5人の子の母親だという。

 「原発から60キロぐらいのところに住んでいます。不安で不安でしょうがないです。どうか子供たちだけでも避難させてやってください」

 そのとき、警察のアナウンスが主婦の声を遮った。「通行人の迷惑です。速やかに解散しなさい」。それでも女性は「子供たちを守りたい」と語り続けた。

   ■

 この日はパリ、サンフランシスコ、台北など世界各地でも同時にデモが行われ、新宿の模様もインターネットで中継された。

 現在進行形の福島第1原発事故。デモに参集した人たちの思いは切迫していた。だからこそ、従来の市民団体や労組による枠組みを超えて、参加者の輪が広がったのかもしれない。政党は、政府は、そこにあふれるものを正面から受け止め、国民的議論を恐れないでほしいと思う。

 集会が終わりに近づき、デモの中心メンバーらは署名集めなど、やり残したことに取りかかっている。私はネオンライトでかすむ夜空に一番星を探した。

 <♪夢かもしれない でもその夢を見てるのは一人だけじゃない>

 反原発を訴えたロック歌手の故忌野清志郎さんが、ジョン・レノンの名曲を自らの言葉に置き換えて歌った「イマジン」。スピーカーから静かに流れていた。

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